朱塗りのお膳

 山の家の簾戸を外して、障子戸に入れ替える。
 家の正面側(東側)の縁側の外部の面した全てのガラス戸にサッシを使っていないので網戸なるものはない。 昔の家だから外部に面している広間、座敷の六間(11メートルほど)全部がガラス戸であり、夏場は風を入れるためそのガラス戸を開け放っているとアブや藪蚊が入ってくる。 そこで縁側の内側の障子戸を夏場は簾戸に代えている。 建具の枠はそのままで障子の部分は外れるようになっていて、そこへ簾をはめ込みんで取替えることが出来る、しかも枠は黒漆塗りのスグレモノの戸である。
 その戸は実家で使っていた。 その昔芸者をしていた祖母が、夏場の簾戸によほどの思い入れがあったのだろう、家の商売が少し上向いて来た時に、建具屋を呼んで全部の障子戸を特別にそのように注文を出して造らせたモノだ。 しかし、その素敵な簾戸も使用期間は短く、家庭用の小型クーラーが普及してからは用済みとなっていた。 実家は数年前都市計画で道路が拡張になって取壊しになったが、その時の戸を捨てないで取っておいたのを今山の家で使っているのである。
 外部のガラス戸は、これまた手作りの黒漆塗りの立派な戸だが、こちらは取壊しになった古く大きな農家から分けて貰ってきたものである。
 戦後、日本人の暮らし向きが衣食住にわたって変わってしまったので、昔丹念に作られた素敵なスグレモノが今は使い道がなくなって見捨てられたり、捨てられたりしている。
 現在オフは朱の漆塗りのお膳を前にして胡座をかいて座り、三度の飯を食っている。 そのお膳は今のプラッチック製品ではない。 職人が下地を木から作り何度も何度も漆をかけて滑らかに鈍く光っている朱塗りのお膳である。 何とこの新品同様の立派なお膳が500円で売っている。
 500円だよ、500円! これを造るのに長い時間をかけて、それぞれの腕を掛けて関わった多くの職人が聞くと、全員情けなくて泣いてしまうだろうと思う。 古道具屋の親父によれば、今はこの値段でも買う人がいない!と嘆くような事態なのである。 昔は大事に木箱に入れて農家の蔵などにしまわれていて、冠婚葬祭のめでたい時だけに使われていたいわば家宝の品物なのである。
 また職人がひとつひとつ手作りで造った漆塗りの立派な建具なども、現在の家の建具として使えない。 その主な理由は昔は建具のセイつまり高さは五尺八寸と決まっていたが、今は1・8メートルとか2メートルの建具が主流になっているからである。