ハプニング

 台風が日本海に入ってフェーン現象、今年何回もこのことを書いている。
 母親が親父の命日だというので、送り盆したばかりなのに今日も墓へ詣でる。 暑い日が照りつける墓の華は2,3日しか経っていないのに元気なくしおれていた。

 今回神戸へ行って三日目の日、彼女の親父さんがその二三日前から心拍数が30台に下がり、急遽ペースメーカーを埋め込むための検査に大学病院で診察を受け、それに付き添って車を運転した。
 国道二号線を須磨から神戸までの距離だが、馴れない車、馴れない道で少し緊張したが、さほど道路の混雑もなく病院へ着く。 その日は検査だけで数日後の手術の予定だったが、心電図の結果が思ったより悪く、急遽その日の午後入院、翌日手術となった。

 午後の入院時間まで少し時間が逢ったので、親父さんを車椅子に乗せて、彼女と三人で病院の食堂へ昼食に行った。 三人で食事をしている最中に、オフの座っている後の席のあたりで、注文を取りに行った給仕の女の人に、女のお客大声で何か激しく怒りの言葉を投げつけていた。 そこは入り口の自動販売機で食券を買う方式の食道で、食券を持たないお客に買うように給仕の人が言ったのに腹を立てた、多分そんなたぐいの事だったのだろうと思う。
 しかし、その言い方があまりにも激しく食事をしていたお客が驚いて皆そちらを降り向いていた。
 オフは背中を向けていたのでそちらを見なかったが、向かいに座っていた彼女は正面に見えたので、あの人あちこちのテーブルの上の物を一所に集めているの、少しおかしいわ、などと言っていた。
 後で何か床に落ちる音がしたので、見るとソースの瓶が床に転げてソースが流れ出ていた。
 どうやら腹立ち紛れにソース瓶を投げつけて女は食堂を出て行ったらしい。
 大学病院だし精神科もあるし、そこの患者さんが何かあって荒れているのかなぁなど、と三人で話した。 
 その内に、戻ってきたわ、と彼女が言うので、今度はどんな人だろうと振り向くと、警備員の人がその人を追っかけてきて、二人はその場でもみ合いになり、その女の人は力が強く相手の男を突き飛ばし、警備員はプランターなどを置く間仕切りを倒しながら仰向けにひっくり返えされた。 そこまで見た瞬間、なぜか知らないが、ああ、ここが出番だなぁ、とフト思い、自然に立ち上がってさらに掴みかかろうとしていた女の人の後ろから肩を掴まえて、もうそれくらいにしておこうよ、と抱きかかえ引き離した。 
 耳元で、いいから何があったか教えてよ、とにかくあちらへ行こうよ、と肩を抱いてムリムリ食道から連れ出した。
 食道の外にももう一人警備員がいたが、その人は事情を知らないみたいで、メニューのサンプルをのんびり見ていたが、その人にも詰め寄ろうとしたが、再び力まかせに肩を抱いて引き離した。
 少し行った廊下の角を曲がったあたりから緊張が解けたのか、張っていた肩の筋肉も少し緩み、身体が柔らかくなったのが分った。 足が痛い、と言うので見ると裸足だった。 靴はどうしたのかと聞くが、覚えていないと答える。 どこかに座って話を聞こうとしたが、もう好い、大丈夫だ一人で行く、と答える。 それまで中年の女だと思っていたが、落ち着いて見ると三十代初めぐらいの女性だと初めて気が付く。 大丈夫かと念を押すと、大丈夫と答える、じゃあ笑ってごらん、というが憮然として笑おうとしない、が大丈夫だと再び言うので、近くのエレベーターの前で別れ、彼女と親父さんが待つ食堂へ戻った。 食道では警備員二人にコックや給仕さんなどが集まって口々にまだワイワイ言い合っていた。
 たまたま以上のようなハプニングに出くわした訳だが、その時は相手がなぜか他人と思えなく、自分の身内のように感じてとっさに行動していた。 しかし、哀しい、という気分だけがしばらく尾を引いた。