『ランドマーク』

 午後から北の高気圧に覆われる。 まだミンミンゼミがさかんに鳴いているが、なんとなく秋を感じさせる気配である。 終日山の家でゴロゴロして、本を読んだり、ビデオを見たり、合間に料理の下ごしらえをしたり、漬物を漬けたり・・・そんなことをしている内に日暮れになってしまった。 まあ、優雅な奥様の静かな一日といったところだろうか・・・。
 
 吉田修一の『ランドマーク』を読む。
 さいたまの大宮駅周辺の再開発の大きなビル建設に関わっている二人の男がいる。一人はそのビル建設のの下請け会社の作業員でキューシュウと呼ばれる地方出身の鉄筋工。 吉田修一の作品にはこのようないわばブルーカラーの男達が出て来る。 朝8時から現場に入り、夕方5時まで汗を流してみっちり働いた後は、パチンコをするか、酒やビールを飲んで寝る。 休みの日は競馬や競艇に出かけて金を賭けオケラになるか、予想を当てれば風俗店やキャバクラでワァ〜ッと騒いで、月曜日の朝8時からまた現場に入る、一生文学などと縁のないそんな男達。 
 もう一人は犬養と呼ばれる工学部建築学科の大学院を卒業した新鋭のビルの設計者。 二人は同じビル建設に関わっていて、この二人の周辺の日常がつづられて話は進んで行くが、この二人は最後まで交わらない他人である。

 作品の中にこんな会話が挟まれていた。

 ーなぁ、なんでそんなことをしたいんだよ?
 ー理由はないの。ただ、そのほうが楽なの
 ー楽って?
 −・・・・・・
 ーなぁ、なにが楽なんだよ 
 ーこんなこと言うと、いい子ぶってるみたいで嫌なんだけど・・・、私さ、ときどき会ったこともない犬飼さんの奥さんのことを考えることがあるのよ
 ー・・・・・・
 ー・・・でね、すなおに悪いなって思うの。もちろん、一番悪いのは犬養さんよ。でも、私もかなり悪いと思うのよ
 ーお前、そんなことを考えてんだ
 ーそりゃ、考えるよ。同じ女なんだし・・・。でね、もっとこう、なんていうか、犬養さんとのことは、本気の遊びみたいにしたいのよ
 ー遊び?
 ーそう、ほんきの遊び。・・・そうじゃないと、なんていうか、私、ちょっと苦しいんだよね

 そう言いながら、その後女が提案した<本気の遊び>とは、シティホテルの部屋で、コールガール&コールボーイを呼んで、隣のベッドで彼らを相手にお互いにセックスしあう、ということであった。

 そんなことが<本気の遊び>になるのかよく解からないところだが・・・もっとも<本気の遊び>というものがどういうものかもよく解からないが・・・自分達のやっていることが、決して楽しいだけのことじゃなくて、きわどく、危ないキリキリするような綱渡りのようなもの、どこかで嘘をついているような恥ずべき行為であることを心に刻み付けたいということだろうか・・・して、そのような行為に至って・・・二人の関係は果たしてどうなっていくのか・・・それは読んでのお楽しみとして・・・

 一方のキューシュウの彼女の方は、女子高生の頃はヤンキーで今は中華食道の店員をしている。 
 たいがいのワルというワルををやってきて、今は不貞腐れて生きている、こちらの女の描き方になまなまなしいアリティがあった。