『その名にちなんで』

 高血圧体質で、どちらかといえば寝ていて身体が火照るオフは、夏は敷布団の上では寝ない。
 神戸は一昨日までわざわざ買ってもらった籐のラグの上を、冷や冷やとした場所を転がりながら寝ていた。 ところが山の家へ帰ってきた昨夜は、敷布団の上で小さく丸まって寝た。 そして今朝目が覚めても、寒くて寝床からなかなか抜けられない。
 十日間ほど友人宅に預けておいたマロ君を引き取りに行く。 飛びついてきたマロ君はハアハアと声を上げて手を舐めて、舐めて、舐めまくってベタベタにする。 
 
 『その名にちなんで』ジュンパ・ラヒリ著を読み終わる。
 デビューした四年前の短編集『停電の夜に』で、いきなりピュリツァー賞を始めとする数々の賞に輝く鮮烈デビューをした作者のその後の第二作がこの長編小説である。
 『停電の夜に』の中で、日常の中の裏側に張り付いている不思議で濃密な闇を描いたこの作家は、インド系のアメリカンであるが、今回はアメリカにおける移民家族の子弟の問題をテーマとして正面に据えて描いている。 
 叔母がつけてくれたはずの正式の名前がインドからアメリカに郵送される過程で行方不明になってしまい、ゴーゴリーというおかしな仮の名前がそのまま登記されてしまった。 主人公はその出発からして不確かで不安にに満ちた存在である二世の男である。
 二世であることで、親の世代のように母国にそのアイディンティーを置くこともできず、たしかに生まれはアメリカだが、まわりの多くの友達のように自分が生粋のアメリカ人であるとも認識できない。
 そんな宙ぶらりんの状態の意識を持った主人公が、対親や対友人への微妙な気遣いと違和感に引き裂かれながら生きていく訳だが・・・ どちらのカルチャーも頭で理解し分りながら、しかし実のところそのどちらにも微妙に身を任せ切れない・・・そのことによって関係がどちらかといえば上手く展開することよりも、少しずつ浮き上がり、目に見えず裂け目が広がっていく・・・そして最後には不幸にも意に反して関係は破綻するしか辿りようがないのであるが・・・

 なかなかの好作品といえるが、やはりデビュー作の印象があまりにも強烈過ぎた。
 そこでまだ二作目の作家だが、今のところラリヒは時間の流れの中で物語を展開していく長編よりも、やはりどちらかといえばある瞬間の人間の摩訶不可思議さを鋭くえぐりとる短編の方が得意だなぁと思える。