その家について

 その家は京都府綾部市福井県の若狭の大飯町とを東西に結ぶ幹線道路沿の一つの部落にある。 川に沿った田園地帯を一本の街道が走っていて、両側にはあちこちに山々を背後にして連なるように古い茅葺や瓦葺の農家群が街道沿いに散在していて、いわゆる日本のよき田舎風景が今だに残している風景の中にある。  流れている上林川にちなんで、上林と呼ばれている地区で、おおまかに口上林とか奥上林などと呼ばれているちょうどその中間地点にあたる所である。 街道からほんの少し背後の山へ向かって登った見晴らしのきく場所に家がある。
  この物件は、仲介者がネットに情報を流しているだけで、以前に見学したいと仲介者に電話を入れると物件を見学するのも直接行ってくれと、家主の連絡先を教えてくれたのである。 そんな訳で今回も電話で売主に直接電話を入れ、案内を請うたのである。 そんなことをしていると、買い手が家主と直接交渉して売買が成立してしまう可能性もありだろうし、なんと言うか、間に入って交渉する仲介者の本来の役割を果たしていないないと思えるのだが・・・
 何ともいえないのどかな田園の中の部落だが、すぐ横あたりに一軒だけ、言っちゃ悪いがペラペラ、ピカピカした感じのする最今流行の合成樹脂系の外壁で包んだ、何とかハウスが建てたような家が建っている。  それを見て思わず案内に駆けつけた売主に、こんなのどかな田舎の農村の中に不似合いな感じのペラペラした家があってはなぁ、と言ってしまった。
 少し後で知ることになったが、その新しい家の住人は見学した古民家の前の持ち主の家で、その古民家を売り、すぐ隣に家を新たに建てて住んでいるのだと言う。  しかもその新しい家を建てたのが現在の持ち主、つまり今案内してくれている当人で売主だったのだ! オフはその家を建てた当人に向かって新しい家の悪口を言ってしまっていたのだった。 そこは平謝りに謝るしかない。 さいわい相手は温厚な人で、嫌な顔をすることなく受けとめてくれたようだが、内心までは分らない。
 その後知る所になったのだが、売主が言うには、その新しい家の代金の支払いの中に隣の古民家が含まれたいたのだと言う。  たしかに事業をしていればお金のやり取りや支払にいやいろんなケースが出てくるものであるが、どうあろうと必要のない現物を受け取っても、それはたいがい資金繰りの邪魔になるお抱えモノになるだけなのである。 金繰りに余裕がなければ早急に現金化してしまわねば、時と場合には命取りになったりもする。 そんな事情も売主は弟に打ち明けていた。 いかにも正直な田舎の人である。
 内部を見ると本来土間の台所だった場所は、リフォームされていてダイニングキッチンになっている。 その仕事というと、まず壁はぐるりと木目模様がプリントされた化粧ベニヤが張られている。 天井は洋間風に白い石膏ボードが張られていて、ガラスだか樹脂だかの宝石のような飾りがたくさんブラ下がったシャンデリアまがいの電灯である。 また、床は木目模様が浮き出た木材の寄木張りをプリントしたペタペタした樹脂系フロアーが張ってある。 その横の田の字の畳部屋の奥も床が表面を張ったフローリングになっている。 その部屋は見上げると天井の梁が、見え掛かりの三面がベニヤで覆って隠してある。 エエッ!と驚いて見せたが、前の持ち主がゴミが落ちてくるのが嫌で、昔囲ったのだろうと売主は言う。 住むところの近くにある自然の素材そのものからなる曲がった古臭く陳腐に見える茅葺の家がとにかく嫌で嫌でならず、工場で製造された一定の大きさの新しい素材で回りを覆い隠してでも、文化的で現代的な雰囲気の家に住みたかったのだろう。 まさに一昔前の古臭い農家の住いの近代化の見本のような跡である。
 まあ、そう言うオフもまだ青年の頃、そのような工業的なものを新しい文化的なものと捉えるその感性に憧れたからよく分るのだが・・・ 
 家を新建材で覆いつくしたのを機に、その家では茶の間でチャブ台の足を広げて座って食事をしていたのが、台所の改修とともに椅子に座ってテーブルの上で食事をするような、新しい生活が始まったのだろう。 家の新築や改装はたんに家が新しくなるだけでなく、それまでのその家族の暮らし向きを一変することでもある。 それまで頭を押さえつけられていて、我慢をしていた下の世代がこれを機に、それまでの我慢を脱ぎ捨ててそれまでのその家の生活を一変することが起きたりする。 家の改装や新築を機に、発言力が上の世代から下の世代に移ることがまま見られるのである。 またそのことを背後の隠れた理由にして、家は壊されたり、捨てられたり、また新築されたり、改修されたりするのである。

 そこの家にもどるがそのようにして何年間か家族が暮らしていたが、テレビなどでしきりに宣伝する何とかハウスに住みたくなって住み慣れた茅葺の古民家を手放して、隣のおそらく畑だっただろう地面を宅地にして、新しい家を建てたのだろう。
 なんというか、まさにやれやれ・・・な話である。 が、まあ、そんな新しい家に住んで、マスコミが盛んに宣伝しているようなニコニコ家族の仕合せを手に入れることが出来たのだったら、それもそれで良いとしようではないか!
 さてさて、こちらの方は工場生産の偽装された近代化を剥ぎ取って、建物をいかに古い形に戻しながら今風の生活にマッチさせるかが、リフォームの主たる主眼を置いた仕事になりそうなのである・・・