『泣かない女はいない』

 予報では午後から雨となっていた。 ここのところ少しあわただしかったので今日は休養日にする。 
 午前中マロクンと散歩に出る。 なにも予定がない日は散歩も、ダイエットにはならないが周りの木々の様子などを丹念に見ながら歩ける。 何げなしに見ている木々だし、それに半分以上は名前も分らないのだが、多くの種類があることに最近気付いた。 以前買ったハンディーなサイズの『樹木の観察図鑑』というのを散歩から帰ってから気が向けば調べて、木の名前を確認したり覚えたりしている。


 長嶋有著の『泣かない女はいない』を読んだ。
 むちゃ好きな作家でもないがなんとなく気になって読んでいる作家の一人で、図書館にある作品をほぼ読んでいる。 作品を普通の日常である今の現実、現在の世界に留めて少しづつ書き繋いでいるが、これは簡単そうでなかなか大変なことだと思う。 
 前々作の『ジャージの二人』で、どうやら不倫しているらしい妻との関係を今後如何にとるかと悩んでいる夫の問題が出てきていて、気になっていたが前作『パラレル』での主人公は、すでに妻と離縁していた。 その『パラレル』についての感想は日記の04年の11月13日に書いていたので以下に一部抜粋した。 


 ≫別れた妻からは毎日のように携帯でメールが入り、僕も時々は元妻と携帯で、今彼との関係のことや、たわいのない日常的な話題を話し合う。  もちろん二人には未練があるわけでもなく、再度もとのサヤに納まるつもりなどはお互いにつゆほど考えていない。 このようなハッキリしない男女の繋がり方は、きわめて現代的な繋がり方のひとつであるだろう。 話は飛ぶが、法的にも男の役割、女の役割のケジメをつけたい強面の面々には歯がゆい話だろうが、このような話に少しも違和感が感じないような負の意味での男女共同の状況がすでに身の回りにも来ているのだが・・・
 妻にも一抹のうしろめたさがあるだろう、またそれ以上にこのダメ男から次の男に軽く飛び込んでいけない。 つまり自分の次の取るべき行動が見えて来ていないし、それは僕も同じで、両者が離婚という関係の破綻の後の曖昧な、まさにモラトリアム状態に囚われているのだろう。 そんな両者の心の不安が、とりあえず携帯を通してのメッセージで細々と繋がっていると言える。 これもある意味ではきわめて現代的な関係のあり方だろうと思う≪


 今回の作品には二作収められている。 二作とも主人公は僕ではなく女性である。
 これまではどちらかといえば問題を自分の周辺世界へ引き寄せて書いていたと思えるが、今回の作品では主人公は何処かの誰かに設定して書かれている。 これまで追っかけていた問題はひとまず棚上げされたかたちである。
 主人公は大手電機会社の子会社の物流倉庫に今年から勤めるOLである。 10名ほどの男子社員は親会社から落ちこぼれた出向組、女子社員は高卒で、彼女だけが今年採用された大卒、後はパートのオバサン達がいるような会社。 その会社もリストラの波で、それまでの社長は降格され親会社から、管理者が派遣されてくる。 降格社長は病気になり定年前にクビになる。 反発した社員もぽちぽち辞めていく。 
 その内のまあまあ年上の一人に主人公は淡い恋こころを抱いてきたが、彼の退社でそれも打ち明けることなく流れてしまった。 要約すれば、ただそれだけの話が淡々とつづいている作品である。
 現代においては見るからに不器用そうな生き方をしている人たちばかりだが、ある意味で現在の位相を鋭く突いている面があるだろう。 そうでなければ世の中に結婚相談所が成長ビジネスとしてもてはやされたりはしないだろうから・・・。

 最後まで読んでから、今この作品の書き出しを読んであらためてなかなか味わい深い出だしだなぁと思う。 なお睦美というのはこの作品の主人公である。
 

 ≫ピサの斜塔は完成する前から既に傾き始めていたという。よく見れば塔の上部は辻褄をあわせるように少しずつ角度を変えて、なんとかまっすぐにみせようとしてある。
 建設に際し、多くの思惑が交錯した結果だろうか。それとも、携わった誰もがあまりにも何も考えなかったゆえの産物なのか。
 おそらくは後者だろうと睦美は思う。根拠のないのに思うのは、そうあってほしいという期待があるからだ。≪