『古道具 中野商店』

 神戸では朝早くからクマゼミがシャーシャーとせわしなく鳴いていたが、この地にはクマゼミはいない。 その代わり朝晩ヒグラシが鳴いている。 アブラゼミやミンミンゼミも日中鳴いているが、少し涼しい時間になると鳴き出すヒグラシの鳴き声はどことなくわびしい趣がある。
 土間ではツバメの雛たちも鳴いている。 親鳥が餌を運んでくるたびにチィチィとやかましく鳴いている。 ツバメ達には今年二度目の子育てである。 ツバメ達も餌を運んでくるのは朝夕が頻繁である。 


 川上弘美著『古道具 中野商店』を読んだ。
 川上弘美は『溺レる』あたりで、ある一線を突き抜けて以来まさに絶好調である。
 一作毎に弘美ワールドを拡大しながら深化させていっている。
 この作品も、そのことを言葉として書くだけだけでなく、作品全体で愛の行き着く先の何もないからっぽな空洞というか空虚さを見事に作品化させている。 

 何人かの登場人物がいる。 一見抜け目のない商売人のようでどこかほんの少しアブナイ店主の中野さん。 その妹のマサヨさんのほうがむしろ商売人向きだと思うが、じつのところ彼女は人形などを造る芸術家である。 人嫌いで極度に無愛想な従業員のタケオは絵を描かせると芸術家肌の腕前なのだが・・・それに、中野さんの浮気の相手の妖しい小説モドキを書くサキ子さん。
 その外ちらりちらりと姿を見せては消えていく常連のお客さんや近しい同業者達・・・
 そして古道具屋のお店番でこの物語の語り手のヒトミ。 彼女こそがウブで純真無垢そうで、いちばん正体不明な女なのであるが・・・ある意味では才女川上弘美はこのヒトミさんのようにとらえどころのなさを振り撒いて日常生活を生きているのではないかと思われるのだが・・・
 中野商店は、表題通り古道具屋であるが、お高い品を置く骨董品屋や小洒落たアンテークの店ではない。 どちらかといえば街中の商店街の少しいかがわしいようなリサイクルショップに近いような店である。