宮内勝典著『焼身』

 朝から日が差していた。 この夏としては珍しいのだが、日差しは続かずすぐ曇ってきてしまう。
 今日も終日山の家で過ごした。 たいたいは寝転がって本を読んでいるのだが、その内に厭きて来る。 起き上がって台所へ行き雑事をする。 昨日自宅の畑から採って来たナスビで塩漬を作る。
 我が家流のやり方は、鍋にお湯を沸かししばらく沸騰させてから冷ます。 その間にナスをちょっとだけヘタを切り容器に並べていき、まんべんなく振り塩をしておく。 冷ました水を容器に入れる。 その時焼ミョウバンも加える。 後は重石をして水が上がるのを待つ。 これでおしまい。
 午後からはやはり読書に厭きたので、畑から収穫した朝鮮ナンバをみじん切りにしてにんにくのみじんと共に油炒めをして、それに今回はたまたまイカのゲソがあったのでこれも細かく切って加えた。 
 さらに砂糖、味醂、味噌を加えナンバ味噌の味を調える。 この時期ピリピリと辛いナンバ味噌をご飯にのせて食うと、やたら食欲が増すのである。
 

 宮内勝典著の『焼身』を読む。 だいたい同世代のこの作家の作品を読むのは今回が初めて。
 どういう訳かこの作家の作品がこれまで図書館には置いてないのかあまり見かけなかった。
 オフが高校生の頃だった。 新聞やテレビなどでサイゴンベトナムの仏教僧が、政府に抗議してガソリンをかぶって焼身自殺をしたと報じられていたのを記憶している。
 その後アメリカのケネディ大統領がフランスに代わって南ベトナムのグエン政権に軍事的な肩入れを強化して、ベトナムでの戦争が泥沼化していった。 オフたちが大学の頃になると、学生を中心に世界的にベトナム戦争反対運動が盛り上がったが、ケネディの後を継いだジョンソン大統領は北ベトナムの都市という都市を大量の爆弾で爆撃し戦争はエスカレートする一方だった。 さらにアメリカはナパーム弾、枯れ葉剤、劣化ウラン弾などの新兵器を投入したりしたが、結局アメリカはベトナム戦争に敗退し南ベトナムを放棄して退去する。  当時ベトナム戦争に激しく抗議、反対していたオフだったが、アメリカが敗北してサイゴンを脱出する映像を見た時は、少しも嬉しさは沸いて来ないで、むしろ全身の力が抜けていくような虚しさに襲われたのを覚えている。

 四十年前ニューヨークのスラム街で暮らす不法滞在者だった作者が、たまたま公園のベンチで拾った見た新聞の報道写真・・・炎に包まれるベトナムの僧の焼身の新聞写真が、どういう訳か吹き上げる真っ赤な炎の色まで見えたことにはじまる。 そしてその四十年後ニューヨークの9・11の映像を見ながらその時の記憶が甦り、いまこそあの時の焼身の意味を知る必要があるとにわかに感じ、急遽ベトナムへ飛ぶことになる。 それまで確固たるモノと思われていた価値が象徴的に崩壊した時、信じるに足るものを求めてベトナムをルポタージュして歩く、その虚実の狭間のドキュメントがこの作品である。